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2011年 9月
9月24日 「広島・台風」
18日に広島大学邦楽部OB・OG懇親会があり、修巳は17日から出掛けまし
た。同窓会だからみんなで積もる話をするのはもちろんですが、それぞれが
パートを受け持ち8曲も演奏する結構本格的なコンサートをやったそうです。
(先輩のご配慮で最後は修巳のソロ演奏2曲で締めくくったそうです)
修巳が出発した頃から台風の影響で雨が降ったりやんだりしていましたが、
修巳は17日も(この日は主に練習)18日もずっとホテルだったので用意した
傘も使わずじまい。19日にホテルを出てから広島駅で食事して帰って来まし
たが広島で食べるといったらもちろん「お好み焼き」。修巳からメールが来て
みっちゃんの評判は?」広島に「みっちゃん」という店があることを初めて
知りました。広島県で広島市の店に食べに行く人に静岡県にいる者が店の
情報や場所を瞬時に調べて連絡できるなんて本当に時代の進歩は凄いです。
       
修巳は帰宅した次の日には朝から演奏に出掛けました。翌21日にはいよいよ
台風が近づき、お昼前から凄まじい風雨になり家が壊れるかと思いました。
浜松に上陸した頃から私の住む地区と近辺の地区が停電しました。いつもは
停電してもわりあい早く復旧するのですが、今回は日暮れても全然復旧しませ
んでした。非常用ライトは3つ常備しているので各部屋に行ったりトイレに入る
には困りませんでしたが、電池がもったいないのでロウソクを点けました。
ロウソクにはライトにない温もりがあって心が落ち着きましたしこの程度の灯り
でも本や新聞は十分に読めました。
                       
うちはオール電化じゃないのでガスが使えて煮炊きやお風呂は困りませんが
「暗い」というのはなんとも不便なもので、ガスで発電できたらいいなあと思い
ました。
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外に出てみると、あちらこちらに人が出ていました。停電の復旧について話し
たり、飼い犬を見せ合ったり、箒を持ちながら話をしている奥様達もいました。
夜8時過ぎにです。不便は人を近づけるものなんだなと思いました。7時間以上
経ってようやく電気が点くと途端にロウソクの灯が褪せて見えました。でもきっと
またお世話になることがあると思うので、いつでも取り出せるところにしまいました。
普段メールしてもなかなか返事をよこさない娘も、この日だけは何度も連絡して
来ました。やはり家族が離れ離れになっているのは不安なものですね。
          くーちゃんはずっとこんな感じでした
          
修巳は連日演奏に出掛けています。画像が手に入ったものは後日アップします。
  
9月16日 「久しぶり」
先週末、電話が鳴ったので出てみると「あ、先生。Kです〜。先生、私ちょっと
藤枝に帰るんでお茶しませんか?」きびきびと話す声に「うん、いいよ。」と即答.。
今とても多忙で切羽詰っているんだけど言えなかった。電話を切ってよく考えて
みるにKさんは22年も前の生徒でした。年に一回年賀状をやり取りしてるとは
いえ、レッスンを卒業してから会ったこともないのに、ほんの数日会わなかった
だけような声の調子に思わず笑ってしまいました。そういえば、数年前にドアホン
が鳴るので出てみると25年ほど前に教えた男の子(いまは立派なお父さんです)
が「先生、美味しいっていうお店のを買って来ました。」と餃子を持って立っていた
っけ。時間の経過をあんまり感じていないのかもしれないけど、私のことを覚えて
いてくれて本当に感謝しています。
                
Kさんはとにかく頭の良い子でした。勉強しなくてもテストは常に満点。家では
教科書も開いたことがなく、高校受験の時にお母さんに「格好だけでも勉強して
くれないと心配でたまらない。」と言われ、仕方がなく問題集をやったら「勉強っ
てけっこう面白いんだなと初めてわかった。」という子でした。関西の大学に進み
研究機関に残ったりして18歳から40近い今日までずっと関西にいます。
最近ご両親が市内で引越したのですが、いままで住んでいた家に古いピアノが
あり、ろくに調律をしたことがなく押せば上がらない鍵盤もありどうしようかという
相談でした。すでに結婚した弟さん、妹さんの子供達がたまに来て触ることがあ
り、特に妹さんの子はピアノコンクールに出ることもあるから処分せずに新しい
家に運ぼうかと思うと言うのでちゃんと調律師に見てもらうべきと答えました。
       
彼女は中学、高校の頃から落ち着いている子だったけれど、改めて話してみると
同級生か下手をすると私の方が年下に見えるかもしれないほど落ち着いていま
した。定時制高校の教師をしたこともあるそうで、話してくれることの一つ一つが
とても面白かったです。お店の代金は私が奢りましたが京都の可愛いお菓子を
くれました。
                     
いろいろな方向を向いているウサギたちです。たまに頂くお供物と同じ食感で
美味しかったです。会って話せばあっという間に約束の2時間は楽しく過ぎて
しまいました。調律には立会いたいからまた帰省して連絡しますとのことでした。
元気でいて欲しいと思います。
    
9月8日   「頂き物」
身内が亡くなる前の10日ほどは仕事をしながら長時間病院にいたのでなかなか
ご飯の支度もままなりませんでした。近くに住む友人は身内を知っているので入院
の話をしていたのですが、「今いる?」「〇〇を作ったけど食べる?」と、度々料理
を持って来てくれました。料理上手なので味付けも良く、仕事が終わってからすぐ
病院に行かなくてはという時に美味しい手料理を食べることができて本当に助かり
ました。友人はお父さんを亡くしているので大変さがわかるのだと思いますが「さり
げなく力になる」ということが自然にできるところが凄いと思いました。
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友人は以前からいろいろな物をくれますが、今朝も早くに自分で作った「ゆず酒」と
「りんご酒」の原液、ご主人が育てた「モロヘイヤ」と「つるむらさき」の葉を持って来
てくれました。主人は食べたことがありますが私は「つるむらさき」を食べるのは初
めて。お味噌汁に入れてみましたがちょっととろみがあって美味しかったです。
       
身内の看護をしている時に修巳がくれた梅干しのお菓子を口にしました。まぶした
砂糖の甘さと梅の皮の柔らかさが舌に心地良く、噛めば梅干しの酸っぱさが頭を
すっきりさせてくれて美味しかったです。笛の会の越智さんがくださったものだそう
で「看護の際にもっと食べて」と大袋をくださった時は身内は亡くなっていました。
隣りのシナモンクッキーも越智さんから。ほかの方が持っていたものを美味しいと
修巳が言ったらちょうど同じものをもらったからと分けてくれました。シナモンの香り
が溢れて歯応えも良く美味しいクッキーです。
             
      
8月の日記に書いたトルコ土産をくださった嘉本さんからオーストラリア土産のチョコ
レートを頂きました。コアラが可愛い。細かく砕いたマカダミアナッツが入っていまし
た。(書き忘れましたがトルコ土産の中にもくるみを砂糖で包んだようなチョコがあり
ました。美味しかったです。)
           
       
このほかにも笛の会の池谷さんに梨を頂きました。大好きなので嬉しいです。
今月は溜まっていた仕事を片付けることや演奏、発表会の支度に大忙しです。
朝方は寒いくらいになったので体調をくずさないように気をつけようと思います。